※ネタバレあり。全部バレあり。セリフは完全ニュアンス。すべて個人的な感想です。
はじめに
東京公演行ってきました!3公演!
実は舞台は1回でいいかな~派だったのですが、今回初の試み!
1度目は後方からストーリーの全体把握。2度目は前方で細かな表情・表現に注目。3度目は再度後方から特に掛け合いを重視した。より物語を深められた点が良かった。また機会があったらやりたい!
(が、もう記憶の彼方すぎて実際に深められたかどうかはわからない)(観るたびに面白くて愛しくなったのは事実)
今回は観る前にどこを重視しようと決めるのではなく(以前はかなり決めていた)、始まってから今日はどうしようかと決めていった。思い返せば行き当たりばったりの観劇だった。そのため、今回は感想という名のメモ整理として運用したいと思います!
約3000字あります!
あらすじはこちらからご覧ください!
好きだったセリフや場面
ということで、ここからは私が好きだったセリフや場面を書きたいと思います!後半が多いです。時系列はバラバラです。
蜃気楼と光
物語終盤、元大手新聞記者で現在は地域のコミュニティラジオのパーソナリティをしているエミリーが言った、
「蜃気楼は光が屈折して起こる現象。だから蜃気楼が見えたときにはそこに光が当たっているということ」的なところが好きだった!
光が当たるとまた違った見え方ができるのか。イメージだと光って美しいものだと私は思う。透き通ってるのにどこか満たされるものが光。
そうして静かにだれかの光になるように、なれるように、今日もル・ミラージュは大悪党を演じていくのかな。
あ、光といえば、ライアンが推しのエミリーに対して「あなたは私の日光です(幸せホルモンが分泌されるため)」、みたいなセリフもあったけれども、この場面と繋がっているようで好きだった。
エミリーのセリフの後には「私は好きだな、蜃気楼」が続く。イコール ル・ミラージュが好きという敬意を表しつつ、彼らが現るところに光有りということで、あなたたちは私の光ですって言ってるようにも思えて。それが繋がってるようで好きだった。
遮らないということ
次はロイド。そしてまたもやエミリー中心。ライアンがル・ミラージュを抜けてからエミリーがアジトに加わった場面。ライアンが居なくなったことでピりつく空気の中、エミリーが口を開く。
胸の中にずっと黒いものがあって、それが変わっていった、、と言う。
そこで続く、ロイドの「どう変わったのかな?」がとても好き
今まで新聞社で、あるいはラジオ局で、話を遮られ対話をすることも許されなかったエミリーにとって救いの一言だったのではないかって。存在を認めてくれる、ここに居て良いと言っているようなあったかい一言。
ドラマ『虎に翼』で疑問をぶつける主人公寅子(演:伊藤沙莉)に対して、発言をさらに促す穂高先生(演:小林薫)の「続けて」に通ずるものがあったと感じた。(急に別の例を出してすみません。)
これ以上何ってことはないけど、ロイドのそのセリフが好きだった。
エミリーの話の続き
胸の黒いものっていう表現も好きだな。具体的な言葉で説明することは無いけれどニュアンスでとても“わかるっ!!”もの。きっと誰しもが持ってるものなんじゃないかな。逆に言葉にしてしまったら何かが崩れていってしまいそうな繊細なもの。
真っ黒だったのは薄いグレーになって、まだちょっと黒くても薄くなったのは事実で、エミリーが成し遂げたいものへの原動力と向き合うきっかけをくれたライアンの言葉は私にとっても響くものだった。
怒りと失望
私は松崎担なので(?)ガスパールについても書きたいです、書きます。2度目は前列でよく演技が見えたこともあってたくさん魅了された。やっぱ一番好きなとこは、ライアンとの。
ライアンに向けた計2回の「見損なったぞ」
1回目は怒り、2回目は失望。そんな印象を受けた。どちらもやるせない気持ちが伝わってここは泣く。
ガスパールって常に沸点高いイメージだったけど、本当に怒る時は静かに肩を震わせながら溜めて怒るんだなと。そこの怒りの表現が好きだった。また、今日こそお前(ライアン)を殴る!と言って本当に手を出してしまった時のやるせない表情も良い。なんとも切ない。
違いは埋めるもの?
次期市長候補であったシルヴィー・ゴールドスミス(以下シルヴィー)について。金塊をミラージュによって奪われた後、ゼニガタとシルヴィーのやり取りの中言ったセリフが残っている。
「お互いの違いは埋められない、私にはそれがわかる」というようなもの。
これが引っかかっていて、シルヴィーに何があったんだ、、と過去を知りたくなった。代々聞かされていたであろうゴールドスミス家の歴史は、シルヴィーの価値観をも変えるだったのかな、とか。そこはわからないけど。
それに関して私は、私の考えは、違いは埋めるものでは無いと思う。認め合うってのも難しいかもだけど、少なくとも埋められないからと言って争うのは違うんじゃないかな、と思う。
私は正直ここまでしか。ここに関しては現社会と強く通ずるものを感じてもっと考えたくなった。
見なくなったら終わりでしょ
ライアンのセリフは痺れた。成し遂げたいことに対して、もういいかなぁ…と諦めを零すエミリーに対して言うライアン。
「見なくなったら終わりでしょ」「どんなに霞んでいても目を凝らさないと」
好きです!!!ものすごく好きです!!痺れましたありがとうございます。
目を離さぬよう追いかけていくその姿勢が大事なんだと。
目的、動機、夢、厚すぎる壁、、ぼやけて見えなくなるのわかる。独りじゃどうにもならなくて、そういった時に手を差し伸べてくれる人、手を合わせてくれる人、人の傷の痛みがわかる人と出会うのは本当に大事な瞬間。
そして、ライアンだけでなく、ふぉ~ゆ~もそんな気持ちで動いてるのかなって。彼らのことはわからないけど、全っ然わからないけどさ。
パルクールもかっこよかった!みんな動き軽くてびっくり!!
特にガスパールなんてアクションいっぱいだから色々観れて嬉しかった。スポーティな格好似合いすぎ!何着ても似合う、かっこよくてかわいい。松崎さんのああいうオラオラ系?は舞台でしか観ることできないから本当に感謝の気持ち。
まだ余韻で全然楽しめるほど堪能させていただいた。舞台ってやっぱ良いのよ。これからもふぉ~ゆ~の舞台観に行くぞ✊
会ってくれた方々もありがとうございました♪ふぉゆ担に会えたのもいい思い出🪄
最後に
今回色々思うとこあってなにかと現代に繋がってるなぁとしみじみ。
クリフォーは特に「情報」がキーワードに感じた。誰がどこからどのようにして確固たる「情報」を得るのか。すごく試されてるような気がした。
大原優乃ちゃん演じるエミリーもラジオ内で、パリ市内でもうすぐ行われる市長選挙に向けて、雰囲気や人気に流されないで自分で判断してほしいというようなことを言っていたことから強く感じた。
また、ル・ミラージュもどこから広まりどんなイメージが浸透していくか分からない。そういうことも踏まえて、私たちが生きる社会の中であらゆる「情報」が飛び交う今、どのように判断していくかはとても難しい作業のように思えてしまった。
そんな難しい作業だとしても、私は作品を観てちゃんと考えたいと思った。
政治のこと、社会のこと、あらゆることに。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
Fin.